2019年10月26日
季節が変わってしまいました
コメントをいただいていたのに、お返事もせずにすみません。
何度かスマホからお返事を書こうとしたのですが、書いては消し書いては
消しを繰り返し、結局放置という失礼な結果になってしまいました。
本当にごめんなさい。

だっくんのこと、ここへも残させていただきます。
お空へ行く数日前・・・
晩ごはんを少し残し、翌日の朝ごはんは全く食べてくれなかっただっくん。
少し歩くと息切れをして伏せてしまうような状態だったけど、それでも爪とぎ
したり伸びをしたり、玄関でごろんごろんしてみたりとまだ余裕のあるように
思いました。
食餌をしなかったことでその日(金)の夕方、かかりつけの病院を受診。
胸水の貯留はなかったけど、レントゲン検査をしてみると片肺が真っ白に
なっていました。
息切れの原因はこれだと思いました。
CTで詳しく検査したほうがいいからと、CTのある浜松の病院を教えられ、
翌朝院長からそちらの病院へ連絡をしてくれることになりました。

翌日(土)浜松の病院へ。
エコーやレントゲン、血検をするとのことで、だっくんを預けて帰宅しました。
夕方結果を聞きに行くと、やはり片肺が機能していないことが分かり、
翌日(日)CTで詳しく検査してみましょうと入院することになりました。
病院は23時から翌朝8時までは無人になるとのこと。
心配はあったけど、病院にいるから大丈夫だと思っていました。
入院やCT検査の書類にサインをしてだっくんと面会。
カラーをつけて、酸素室の奥で固まっていました。
怖さと不安でいっぱいだったんだと思います。
私はといえば、これでやっと原因が分かって治療が出来るって、どこか
浮かれていました。
翌CT検査予定日(日)。
8時過ぎの病院からの着信で、何かあったんだと察しました。
本当なら検査が終わったことを知らせる電話は、お昼近くの予定でした。
私はそのつもりでそれまでの時間つぶしでもと、ブログを書こうとパソコンを
開いたところでした。
電話へ出ると、「今朝大ちゃんが亡くなっていました。」って・・・
そう伝える先生に、「うそでしょ!?なんで!?なんでよー!!」って叫び、
泣き崩れました。
だっくんの居た酸素室の上にも黒白の猫さんが入院していました。
座っている体勢でないと呼吸が苦しい子なんです、って先生言ってた。
間違いじゃない?
亡くなっていたのはホントは上にいた子じゃないの?
ひどいですよね、そんなことを思ってしまった私です。

野球で出かけていたクーパパに電話をするとすぐに戻って来てくれて、
ふたりでだっくんを迎えに行きました。
だっくんと対面する前、先生からお話しがありました。
24時まで様子を見てくださっていたそうですが、その時は私が夕方面会
した時と変わらない様子だったと。
でも朝8時に出勤した時にはもう、亡くなっていたそうです。
硬直も始まりかけていたそうなので、朝方急変したんだと思います。
お話しのあと、だっくんを連れて来てくれました。
愛しい愛しいだっくんは、もう二度と鳴くことも目を開けることもしてくれま
せんでした。
ごめんねだっくん。
お家に帰りたかったよね。
みんなと一緒に居たかったよね。
病院なんて来なきゃよかった。
入院なんてしなきゃよかった。
たったひとりで逝かせてしまった後悔の気持ちしかありませんでした。
寝室で使っていたベッドを持って行ったので、そちらへ寝かせました。
「だっくん、お家へ帰ろうね。」

家に着くとみんなだっくんの異変に気づいているようで、においを嗅ぎに
来てみたり、にまめはシャーシャー言って近づいては来ませんでした。
子猫の時から本当の兄弟のように育ったおかかは、その現実を受け入れ
られたのかどうなのか、複雑そうな感じでした。
時にはマジ喧嘩したこともあったし、仲が良いのか悪いのか微妙なふたり
だったけど、だっくんが心臓病と診断された数年前、体調の悪そうな時には
心配してだっくんの近くにいてくれました。
そんな相方がなんの反応もしてくれないんだもん、戸惑うよね。


病院から戻った翌日セレモニーカーの予約を入れ、2日後の18時からに
決まりました。
病院でひとりぼっちで逝かせてしまったことが悲しくて、最後は自宅から
お見送りしようと思っていました。
それまでの間、夜はクーパパがリビングでだっくんと一緒に寝てくれました。
だっくんの体をお空へお返しする夜が近づきます・・・


何度かスマホからお返事を書こうとしたのですが、書いては消し書いては
消しを繰り返し、結局放置という失礼な結果になってしまいました。
本当にごめんなさい。

だっくんのこと、ここへも残させていただきます。
お空へ行く数日前・・・
晩ごはんを少し残し、翌日の朝ごはんは全く食べてくれなかっただっくん。
少し歩くと息切れをして伏せてしまうような状態だったけど、それでも爪とぎ
したり伸びをしたり、玄関でごろんごろんしてみたりとまだ余裕のあるように
思いました。
食餌をしなかったことでその日(金)の夕方、かかりつけの病院を受診。
胸水の貯留はなかったけど、レントゲン検査をしてみると片肺が真っ白に
なっていました。
息切れの原因はこれだと思いました。
CTで詳しく検査したほうがいいからと、CTのある浜松の病院を教えられ、
翌朝院長からそちらの病院へ連絡をしてくれることになりました。

翌日(土)浜松の病院へ。
エコーやレントゲン、血検をするとのことで、だっくんを預けて帰宅しました。
夕方結果を聞きに行くと、やはり片肺が機能していないことが分かり、
翌日(日)CTで詳しく検査してみましょうと入院することになりました。
病院は23時から翌朝8時までは無人になるとのこと。
心配はあったけど、病院にいるから大丈夫だと思っていました。
入院やCT検査の書類にサインをしてだっくんと面会。
カラーをつけて、酸素室の奥で固まっていました。
怖さと不安でいっぱいだったんだと思います。
私はといえば、これでやっと原因が分かって治療が出来るって、どこか
浮かれていました。
翌CT検査予定日(日)。
8時過ぎの病院からの着信で、何かあったんだと察しました。
本当なら検査が終わったことを知らせる電話は、お昼近くの予定でした。
私はそのつもりでそれまでの時間つぶしでもと、ブログを書こうとパソコンを
開いたところでした。
電話へ出ると、「今朝大ちゃんが亡くなっていました。」って・・・
そう伝える先生に、「うそでしょ!?なんで!?なんでよー!!」って叫び、
泣き崩れました。
だっくんの居た酸素室の上にも黒白の猫さんが入院していました。
座っている体勢でないと呼吸が苦しい子なんです、って先生言ってた。
間違いじゃない?
亡くなっていたのはホントは上にいた子じゃないの?
ひどいですよね、そんなことを思ってしまった私です。

野球で出かけていたクーパパに電話をするとすぐに戻って来てくれて、
ふたりでだっくんを迎えに行きました。
だっくんと対面する前、先生からお話しがありました。
24時まで様子を見てくださっていたそうですが、その時は私が夕方面会
した時と変わらない様子だったと。
でも朝8時に出勤した時にはもう、亡くなっていたそうです。
硬直も始まりかけていたそうなので、朝方急変したんだと思います。
お話しのあと、だっくんを連れて来てくれました。
愛しい愛しいだっくんは、もう二度と鳴くことも目を開けることもしてくれま
せんでした。
ごめんねだっくん。
お家に帰りたかったよね。
みんなと一緒に居たかったよね。
病院なんて来なきゃよかった。
入院なんてしなきゃよかった。
たったひとりで逝かせてしまった後悔の気持ちしかありませんでした。
寝室で使っていたベッドを持って行ったので、そちらへ寝かせました。
「だっくん、お家へ帰ろうね。」
家に着くとみんなだっくんの異変に気づいているようで、においを嗅ぎに
来てみたり、にまめはシャーシャー言って近づいては来ませんでした。
子猫の時から本当の兄弟のように育ったおかかは、その現実を受け入れ
られたのかどうなのか、複雑そうな感じでした。
時にはマジ喧嘩したこともあったし、仲が良いのか悪いのか微妙なふたり
だったけど、だっくんが心臓病と診断された数年前、体調の悪そうな時には
心配してだっくんの近くにいてくれました。
そんな相方がなんの反応もしてくれないんだもん、戸惑うよね。


病院から戻った翌日セレモニーカーの予約を入れ、2日後の18時からに
決まりました。
病院でひとりぼっちで逝かせてしまったことが悲しくて、最後は自宅から
お見送りしようと思っていました。
それまでの間、夜はクーパパがリビングでだっくんと一緒に寝てくれました。
だっくんの体をお空へお返しする夜が近づきます・・・


Posted by クーママ. at 23:00│Comments(0)
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